後期高齢者医療制度について思うこと
こんにちは。
後期高齢者医療制度について、お前はなぜ書き込まないんだ、というお叱りの声が聞こえてきそうなので、一応、ふれておきましょう。
 これを評価するには、自分と家族の健康状態についても明らかにしなければ論ずることもできず、不公平だという一面と、ご存じのように、健康状態は、個人の最高のプライバシーに属する問題でもあり、私としては、批判も賛同もしずらい立場にある、ということを、先ずおことわりしておきます。

 私の祖父母の場合と、両親の場合、私達夫婦の場合、子供の場合・・と、それぞれの時代の医療制度にお世話になってきたわけで、振り返って、一番恵まれていたのは、平成11〜13年までのあたりかなぁと思っています。

 祖父母の時代には介護保険制度もなかったわけで、それに比べると今は少しは恵まれているのかなぁ、という思いがしています。おばぁちゃんの場合は、今から推測すると、あれは認知症だったんだなぁという理解ができますが、当時(昭和40年代の頃)は、周囲の無知・無理解ゆえ、相当に苦しい思いを、双方がしたのではないかと思慮しています。

 母の場合は、私が20歳の時ですが、カゼをこじらせたので、近くの民間病院で注射と薬を処方されたのですが、その日の夜に容態が急変して危篤状態に陥り死亡しました。まだ、53歳という若さでした。家族会議で司法解剖してもらおうとか、兄弟姉妹7人が、無い知恵を出し合い色々と議論しました。私はその時は全く無力だったので、今でもそのことを思うと、はらわたの煮えくり返る感情を押さえきれなくなる時があります。なぜ、カゼぐらいで・・・と。

 妻の場合は、更生医療という制度で救われました。私は近代治療によって、こうして命を永らえています。娘の場合は、素早い治療で元気を取り戻しました。

 義兄の場合は、パチンコをしている最中に脳梗塞で倒れたのですが、近くの大学病院で適切な治療を受け助かりました。つらつら書いて行くと、まだまだ沢山ありますが、身内の話はこのくらいにしておきましょう。

 健康な時に、ああだこうだという批判をすることは誰にでもできると思いますが、良い面もあれば、悪い面もある、というのは、どんな制度になっても同じだろうという思いです。

 ただ、やはり医療ミスは無くして欲しいし、必要のない薬を出すのはやめて欲しい、セカンドオピニオンやインフォームド・コンセントなんていう当たり前の感覚は尊重して欲しい、・・・等々、お金をかけずにできることも沢山あるわけです、ョ。

 私、入院の経験がこれまでで3回あります。最初は高校生の時、水ぼうそうで。次は30代、その次は42歳の厄年の時、という具合。2回目と3回目は、共に医者とケンカになり、病院を変えました。豆イラ

 セカンドオピニオンを快く認めてくれたり、インフォームド・コンセントを丁寧にしてくれていたら、私だって、「先生」のいうことは素直に聞いたと思います、ヨ。
 
 ビジネス社会なら、こういうことは、ごく当たり前のことだっちゃ。その上、その後カウンセリングで「傾聴」なんて技法を知ったからには、主人公は一体誰なんだって、いう気にもなる。
 
 で、後期高齢者医療制度の話に戻るけど、保険制度もさることながら「医療の質」の話は一体どうなるのかね。救急患者お断り!、とか、産科は訴訟リスクが高いしっ、とか、なんか、全ては金かい、って空しい気持ちになる。
 
 少なくとも、今の日本の医療制度全般について、「質」と「金」のバランスを思慮するキッカケになればいいなぁ、と、私は考えているんですがね。

 まぁ、ブログで簡単に一刀両断できるテーマではありませんよ。とても重たく奥の深いものですからね。また思いついたら、書こうと思います。

【 2008/04/26 11:58 】

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